Honey



私が学校から帰ってくると、玄関の前に体育座りしている不審人物がいた。
学ランを着た茶髪の男が、抱えた両足に顔を埋めている。
男の傍らにはスーパーの買い物袋らしき物が置かれていた。
異様な光景に思わず固まっていると、その男は私の気配に気付いたのか顔をあげた。
「あ、おかえり〜。ずっと待ってたんだよ」
「か、和雄!?」
ついさっきまで不審人物だと思っていたこの男の名前は桐山和雄。
私と同い年で近所に住んでいる、いわゆる幼馴染みというヤツだ。
幼稚園と小学校は同じ学校に通っていたのでよく一緒にいたんだけれど、和雄は何て言うか
『頭足りない子』だったので、中学からは養護学校に行く事になってしまい、最近はあまり会う機会がなかったのだ。
「久し振りじゃない。一体どうしたの?」
「うん、あのね〜、俺ホットケーキ食べたくなっちゃったの。だからに作って貰おうと思ってずっと待ってたんだよ」
「ホットケーキって…あんた久し振りに会っていきなりそれはないんじゃない? それに、ホットケーキ食べたいなら
おばさんに作ってもらえばいいじゃない」
「お母さん、仕事で今いないもん」
「あ…そうなんだ。ごめん。でも、ホットケーキくらいなら、ホットケーキミックス買えば自分で作れるでしょ?」
「ヤダ! 俺はが粉から作ったホットケーキが食べたいの! ミックスのは違うの! のがいいの!」
私はホットケーキを作る時は、市販のミックスは使わずにいつも小麦粉から作っている。
小さい頃はミックス使ってたんだけど、小学校高学年になってお母さんに粉から作る方法を教わってからは
ミックスを買わなくなった。
ミックスの方が手軽に出来るんだけど、やっぱり小麦粉から作ったホットケーキの方が一味違うのだ。
一人でちゃんと小麦粉からホットケーキが焼けるようになってからは、時々家に遊びに来た和雄に作って
ご馳走してたっけ。
その時の味、まだ覚えててくれたんだ…
「俺、ちゃんと材料用意して来たんだよ。ほら!」
私が昔の事を思い出していると、和雄はスーパーの袋を手に取り立ち上がった。
「小麦粉でしょ? 卵でしょ? 牛乳も買ってきたよ」
折角用意してきてくれたのはいいけど、小麦粉も卵も牛乳も家に常備してあるんですけど…
ついでに言うと、ホットケーキ作るならそれにベーキングパウダーと砂糖も必要なんだけど。
あと、あればバニラエッセンスと塩も。
ホットケーキはよく作るから、必要な材料は家に全部揃ってるから大丈夫だけどね。
「それとね、それとね…じゃ〜ん!!」
和雄がニコニコしながらスーパーの袋から取り出したのは、ハチミツの瓶だった。
しかも、かなりデカいの。
「これ、い〜っぱいかけて食べるの!」
そう言って、にぃ〜っと笑う和雄を見て、私は思わず吹き出してしまった。
「いっぱいかけたいのは分かるけど、いくらなんでもそれはデカ過ぎでしょ」
「全部はかけないよー。余ったらまた今度食べるから。ねー、ホットケーキ焼いてよぉ」
「はいはい、分かったよ。今作ってあげるから」
「ホント!? やったー!!」
ハチミツの瓶を両手に持ってニッコリ笑う和雄を見て、久し振りに気合入れて作ろうかな、なんて思ってしまった。
玄関の鍵を開けて和雄と一緒に中に入る。
私の親は共働きなので、この時間はまだ誰もいなかった。
二人で台所に行き、私はエプロンを身に付け手を洗う。
和雄はスーパーの袋から材料を出してくれていた。
「ウチに封開けてあるのがあるから、そっち使うね。折角買ってきてくれたのに悪いけど」
「あ、材料あったんだ。ないと作ってくれないと思って買ってきちゃった。じゃ、これにあげる」
「あ、ありがと…」
貰っていいものか悩んだけど、このまま和雄に持って帰らせるのも何なので、素直に貰う事にした。
和雄が買ってきた卵と牛乳は冷蔵庫の中にしまい、開封済みの牛乳と卵とバターを取り出す。
私はマーガリンよりもバターの方がコクがあって好きなのだ。
粉類は戸棚から出してきて、必要な分だけ皿に移す。
バターをレンジで溶かしているうちにボールと泡だて器を用意して、中に卵、牛乳、砂糖、塩、バニラエッセンスを
次々と入れていく。
溶けたバターも中に入れて泡だて器で混ぜ始めた。
私がぐるぐると泡だて器で材料を混ぜているところを、和雄は興味津々といった表情でじーっと見つめている。
そう言えば、ホットケーキ作る時はいつも傍でこんな風にじっと見てたっけ。
「和雄も作り方覚える? そうすればいつでも粉から作ったホットケーキ食べられるでしょ」
「ヤダ! 覚えない!」
何故か和雄はそう言うと、私から離れて椅子に座ってしまった。
「俺はが作ったのが食べたいの。俺が作り方覚えたら、作ってくれなくなっちゃうから覚えない!」
プイ、とを向いてしまった和雄を見て、相変わらずお子ちゃまだな、と思いつつも、そこまで私の作るホットケーキに
拘ってくれるのは正直嬉しかった。
泡だて器を動かす手が、自然と早くなる。
ベーキングパウダーと小麦粉をボールの中にふるい入れて、さっくりと軽く混ぜる。
これでタネは完成だ。
フライパンを熱して油をなじませ、おたまで真ん中にタネを丸く落とす。
しばらくすると、フライパンからホットケーキが焼けるいい匂いが漂ってきた。
を向いたままだった和雄も匂いにつられてこっちを向き、鼻をヒクヒクさせている。
「いい匂い〜」
「もうちょっとで焼けるから、お皿用意してくれる?」
「うん!」
和雄は立ち上がると、戸棚からお皿を一枚出して私の所に持ってきた。
「この匂い、久し振り。俺、何かドキドキしてきちゃった」
「私も…和雄にホットケーキ焼いてあげるのは久し振りだから、何かドキドキする…」
も? それじゃおんなじドキドキだね!」
ニッコリ笑う和雄を見て、和雄とおんなじじゃないドキドキを、少しだけ感じてしまった。
「あ、えっと…ホットケーキ4枚重ねにしたげるから、もうちょっと待っててくれる?」
「4枚!? 嬉しーv じゃ、待ってる」
すっかりご機嫌になった和雄は椅子に座り、フォーク片手に私をじーっと見つめている。
私は焼き上がった1枚をお皿に乗せて、残りのタネを次々と焼いていった。
いつも自分が食べる時は2枚重ねなんだけど、和雄が食べる分だし、久し振りだから4枚重ねにしてあげた。
4枚目のホットケーキの上に、四角く切ったバターを乗せる。
「はい、和雄。お待たせ」
「すごーい、ミックスの箱の写真とおんなじだー!!」
和雄はお皿を受け取ると、ハチミツの瓶を開けてホットケーキの上にたっぷりとそれをかけた。
「いただきまーす!」
ナイフとフォークで一口サイズに切り、大きな口を開けてパクッとホットケーキを頬張る。
「おいし〜v のホットケーキの味だー。これが食べたかったんだ」
嬉しそうにパクパクとホットケーキを食べる和雄を見て、作ってあげて良かったと思った。
これだけ美味しそうに食べてくれれば、作った方としてもかなり嬉しい。
「やっぱりの作るホットケーキが一番美味しい! 、だいすき〜v」
狙ってないよね? 天然だよね?
ふにゃ〜って感じの笑顔で大好きなんて言われて、私は真っ赤になってしまった。
和雄の「だいすき」はそういう意味じゃないって分かっているのに。
和雄を見ると、もう私の事は気にしていないのか、ホットケーキを食べるのに夢中になっていた。
ガツガツ食べている所為か、口の端にホットケーキの欠片がくっついている。
「和雄、口の端に欠片くっついちゃってるよ」
私は和雄の隣にいくと、自分の口でその欠片を取ってあげた。
小さな欠片なのに、口の中に甘いハチミツの味が広がる。
「あ、ありがと〜」
和雄はニコッと笑ってそう言うと、再びホットケーキを食べ始める。
今の、結構勇気出してやったんだけどな。
私とした事が、随分難儀な相手を好きになってしまった。
でも、今はまだこんな関係のままでもいいかな、なんて思いながら、ホットケーキを頬張る和雄を見つめた。

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何かもう…和雄が別人ですね(苦笑)
小説の説明のトコにも書いたんですが、ウチの映桐は白痴です。
この話は中一の時のつもりで書いたので和雄がやたら喋りまくってますが、My設定では和雄は中三になるすこし前に
政府に連れ去られて、そこで性的虐待とかいろいろされて失語症になってしまいます(だから映画では一言も喋らない、
って事で)。
映桐が白痴という設定にしてる方は結構いるみたいですが、ウチのは果たして受け入れて貰えるのだろうか…
ちなみに、私はまだホットケーキを小麦粉から作った事はありません(苦笑)
近々やってみたいとは思ってるんだけど、時間がなくて…
ホットケーキを小麦粉から作ってみたいな、と思った時からこの話は考えていたんですよ。
私が映桐書くなんて珍しい、というかこれが初なんですが、この話は映桐じゃないと合わないと思って…
主人公がホットケーキ作ってるシーンは、レシピ見ながら書きました。
これ書いてたら、無性にホットケーキが食べたくなってしまったデス(苦笑)




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