Souffle



「次はメレンゲを作らなきゃね」
先程から、エプロンを身に付け台所でバレンタイン用の菓子を作っているは、棚からハンドミキサーを出してきて使えるようにセットした。
ピンポーン。
取り分けておいた卵白が入ったボールに砂糖を入れようとしたところで玄関のチャイムが鳴る。
はその手を止めて玄関に向かった。
ドアスコープで、玄関の前の人物を確認してからドアを開ける。
「いらっしゃい、和雄。わざわざ来てもらっちゃってごめんね」
の作ったお菓子食べられるなら、いつでも来るよーv」
の家を訪れたのは、の幼馴染みで近所に住んでいる桐山和雄だった。
今日はバレンタインデー。
は焼きたてのチョコレートスフレを和雄に食べてもらおうと思い、事前に和雄に学校が終わったら自分の家に寄るように頼んでいたのだ。
「今作ってるトコなの。あと30分くらいで出来るからちょっと待っててね」
「うん、待ってるー。それじゃ、おジャマしまーす」
和雄を家の中に入れ、二人は台所に向かった。
「あー、チョコの匂いがするぅ」
台所に入った瞬間、鼻に飛び込んできた甘いチョコレートの匂いに、和雄はうっとりとした表情になる。
「つまい食いはダメだからね」
「はーい」
和雄はに見つからないように、チョコの入ったボールに入れようとしていた指をそっと引っ込めた。
手を軽く洗い直したは、卵白が入ったボールに砂糖を入れて、ハンドミキサーで泡立て始める。
ハンドミキサーを使っているので、半透明のドロドロだった卵白はすぐに白くてフワフワなメレンゲに姿を変えていった。
「わぁ、すごーい。フワフワになってきたよ。雲みたいだねー」
「そうだね」
メレンゲを作っているのを見るのが初めてな和雄は、目をキラキラさせながらボールの中を覗いている。
そんな和雄を見ていると、の顔にも自然と笑みが零れてくる。
ツノが立つくらいに固いメレンゲを作ると、はそれを生クリームで溶かしたチョコと卵黄とリキュールが混ぜ合わせてあるボールに
そっと加えた。
「ねーねー。こっちはもう使わないの?」
メレンゲの泡を潰さないように、ゆっくりとボールの中身を混ぜ合わせているに、和雄はメレンゲが入っていた空のボールを
指差して尋ねる。
「うん、もうメレンゲはこっちに全部入れちゃったから」
「そっかー、じゃ、こっちはいいよね」
そう言って和雄は、ボールにくっついている僅かなメレンゲを指で掬って口に運んだ。
「甘くて美味しいv」
「もう、つまみ食いはダメって言ってるのに」
困ったような笑みを浮かべながら、はボールに小麦粉を加えてサックリと混ぜ合わせる。
そして、予め薄くバターを塗ってグラニュー糖をまぶしておいたスフレ型に、出来上がったばかりの生地を流し入れる。
スフレ型を天板に並べてオーブンの中に入れ、天板の半分くらいまでお湯を注ぐと、オーブンの蓋を閉めて時間と温度をセットし、
スタートボタンを押した。
「20分くらいで焼けるから、出来立てでアツアツのを食べてね」
「うん! 楽しみーv」
ニコニコ笑いながら和雄はオーブンの前に座り込んだ。
「和雄…分かってるとは思うけど、オーブン勝手に開けないでね」
「……はーい」
実は和雄は以前、ケーキを焼いている最中のオーブンを勝手に開けてしまい、にこっぴどく叱られた事があるのだ。
その時の事を思い出したのか、和雄は急に大人しくなって、じっとオーブンの中を見つめていた。
和雄が大人しくしているのを見て、はボールやゴムべらを洗い始める。
しばらく無言でいた二人だったが、オーブンの中のスフレに変化が現れると、再び和雄が騒ぎ始めた。
、膨らんできたよー」
「まぁ、膨らまなかったら困るしねぇ…」
「このチョコ、やっぱり食べたらフワフワしてるのかな?」
「うん。焼きたてはフワフワでアツアツですっごい美味しいよ」
「へぇー、早く焼けないかなー」
「そんなすぐには焼けないから、椅子に座って待ってなよ」
「うん…そーする」
じっと座ってオーブンの中を見ているのも飽きたのか、和雄は言われた通り居間の椅子に腰を下ろした。
そして、鞄の中をゴソゴソと漁り始める。
「ねー、。見て見てー」
洗い物が終わり、お茶の用意をしようとしたは和雄に呼ばれて視線をそちらに向けた。
テーブルの上にチョコがいくつか並べられている。
「お母さんとか学校の友達に貰ったんだよ。チョコいっぱいで嬉しーv」
たくさんのチョコを目の前にしてニコニコ笑う和雄を見て、はムッとした顔になる。

何よ、どーせそのチョコ全部義理じゃない。
市販のばっかりだし。
私のは本命チョコで、しかも手作りなんだから!

つまらない対抗意識を燃やして不機嫌になりながら、はティーポットとカップを二つ用意して、お湯を沸かした。
「あぅ〜、お腹減った〜。まだ焼けないの?」
「あと5分くらいだからもうちょっと待ってよ。そんなにお腹減ってるなら、貰ったチョコ食べてればいいじゃない」
「ダメ、これは後でなのー」
ラッピングのリボンを弄りながらも開けようとしない和雄を不思議に思いつつ、は紅茶を淹れ始めた。
カップに紅茶を注ぎ終えたところで、タイミング良くオーブンの終了を告げる音が鳴る。
「和雄、焼けたよ。今持ってくからすぐ食べてね」
「はーい」
和雄は机の上のチョコを鞄にしまうと、スプーンを持って待機する。
オーブンの中からスフレを取り出し型ごと皿の上に乗せると、それを和雄の所に運んだ。
「はい、どうぞ。私からのバレンタインチョコ、チョコレートスフレだよ」
「すっごい膨らんでて美味しそー! いただきまーす!」
中身をスプーンで掬って少しフーフーと息を吹きかけてから口の中に入れる。
「フワフワだ〜v 、美味しいよ。やっぱりが作るお菓子が一番好きv」
そう言って和雄は一心不乱にスフレを食べ始めた。
もスフレを食べながら、美味しそうにスフレを食べる和雄を見て幸せ気分に浸る。
「ごちそうさまでしたーv すっごい美味しかったよ」
「そう。和雄に気に入ってもらえて良かった」
「ねー、今食べたの、からのバレンタインチョコなんでしょ?」
「そうだよ」
「それじゃ、これはほんめー? それとも…ギリ?」
「えっ…」
「俺ねー、この前知ったの。バレンタインチョコにはほんめーとギリの二つあるって。のはどっち?」
不安そうな顔で尋ねてくる和雄を見て、ちゃんと意味が分かっている事を確信したは自分の気持ちを正直に言う事にした。
「もちろん、本命に決まってるじゃない。だって私…和雄の事、好きだもん」
「ホント!? 良かったー。俺、からはほんめーの方貰いたかったんだ。俺もの事、だーいすき!」
「……」
は無言で立ち上がると和雄の傍に行き、和雄の頭をそっと抱き締めた。
?」
「和雄には…分かんないかもしれないけど、私が和雄を好きっていう気持ちは、お母さんを好きとか、友達を好きって気持ちとは違うんだよ…」
「……よく分かんないけど、チョコにほんめーとギリがあるって教えて貰って、のほんめーを一番に食べたいって思ったから、
お腹すいても我慢したんだよ。それはの言ってる好きとは違うの?」
「和雄…」
「俺、お母さんも学校の先生も友達もみんな好きだよ。もちろんも好きだよ。でも、お嫁さんになって欲しいって思ったのは
だけだよ。それも違うの?」
「ううん、違わないよ…嬉しい…」
「じゃあ、おっきくなったら、、俺のお嫁さんになってくれる?」
「うん、和雄が私でいいなら」
「やったー! ねぇ、これってぷろぽーず?」
「そうかもね」
二人は顔を見合わせてクスクスと笑った。
「ねぇ、和雄…キスしてもいい?」
「いいよー」
和雄は上を向くと、ゆっくりと目を閉じた。
和雄の唇に、自分の唇をそっと重ねる。
甘いチョコの味がした。
「チューしちゃった。恋人みたいv」
「恋人みたいじゃなくて、恋人なの!」
と俺が恋人…すっごい嬉しい! 、だいだいだーいすき!」
が今まで見た事もないくらいの最高の笑顔で、和雄はの体をギュッと抱き締めた。
この日をきっかけに、二人の間に小さな愛が芽生えたのだった。

+ + + + + +

何かもう…和雄が小学生みたいでスミマセン(汗)
ウチの和雄は脳内が小学生の時のまま成長が止まってしまっているヤツなので許してやって下さい。
自分では和雄は表の癒し系キャラだと思ってたりしますが(笑)
和雄が昔勝手にオーブンを開けて主人公ちゃんに怒られた、というエピソードは、多分おたまで頭をどつかれるくらいはされたんで、
ちょっとトラウマになってるみたいです。
だから急に大人しくなっちゃったのですね。
この話は単品でも読めるように書いてますが、設定的にはHoneyの続きだったりします。
今回の話で和雄と主人公ちゃんはめでたく恋人になったので、いずれ裏の方でまた単品で読めるけど設定的には続いてる
映画桐山夢書きたいとか思ってたり…
↑で表の癒し系キャラって書いてるクセに、私ったら…(苦笑)




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