温もり
電子レンジの中で鳥のもも肉がくるくる回り始めてから1分。
部屋の中にローストチキンのいい匂いが広がってくる。
充は椅子に座って頬杖をつきながら、オレンジの光に照らされてくるくる回るチキンをぼんやりと見つめていた。
しばらくして、チン、と音を立ててレンジが止まると、充は立ち上がり中から程良く
温まり、ホカホカと湯気を立てているチキンを取り出した。
チキンの皿と、母親が作っておいてくれたサラダの皿に被せてあるラップを剥がしてゴミ袋に捨て、椅子に腰を下ろす。
「いただきます」
両親は出かけていて家には充一人きりだったが、そう一言言ってからチキンを手に取り、ガブリと齧りついた。
今日はクリスマスイブだが、桐山は家で行われるパーティーに出席、竜平は彼女とデート、ヅキは店の手伝い、博は夜勤で不在の親の代わりに小さな弟と妹の面倒を見なくてはいけなくて、今年は皆で集まってクリスマスパーティーをする事が出来なかった。
特に予定がなかった充は、一人淋しく家でクリスマスディナーを頬張るのだった。
「一人でこんなモン食べても美味しくないっつーの」
チキンを半分程平らげた充は、吐き捨てるように呟いた。
味は悪くなかったし、デザートにクリスマスケーキも用意されていたが、今頃ささやかでも(桐山の家は豪勢だと思うが)誰かとクリスマスを過ごしている皆の事を考えると、一人の自分が虚しく思えてくる。
本当は自分も、チキンもケーキもいらないから、誰かと共にクリスマスの夜を過ごしたかった。
つまらない家族と過ごすくらいなら一人の方がマシだけれど、出来る事ならファミリーの皆とバカ騒ぎして楽しみたかった。
そう思って、すぐに自己嫌悪に陥る。
皆はそれぞれ大切な人と楽しい時を過ごしているのに、一人じゃ淋しいから、なんて子供みたいな我儘で皆の事を羨み、そして少しだけ妬んでしまったから。
皆の用事なんてなくなって、全員で過ごせるようになれば良かったのに。
家族や恋人なんて放っておいて、自分と過ごしてくれればいいのに。
そんな事を考えてしまった自分が酷く汚く思えた。
「…俺って最低。それにカッコ悪い」
チキンから手を離して俯いていると、玄関のチャイムが鳴る音が聞こえた。
「誰だろ…こんな時間に」
充は立ち上がると、テーブルの上にあったウェットティッシュで手を拭き、小走りで
玄関に向かった。
誰かが来訪する予定はないし、両親が帰ってくるには早過ぎる時間だったので、
ドアスコープから外を覗いてみる。
「!?」
ドアスコープから意外な人物の姿を見た充は、慌ててドアを開けた。
「ボス!」
玄関の前に立っていたのは桐山だった。
充は思わず玄関から飛び出し、その体を抱き締めた。
桐山は驚きのあまり目を見開いていたが、黙って充に抱き締められたままでいた。
ちゃんと自分にも、クリスマスの夜会いに来てくれる大切な人がいた。
桐山を抱き締めている内に、先程までの嫌な気持ちがすぅっと消えていく。
気持ちが落ち着いて我に返ったのか、充はやっと桐山の体が酷く冷たい事に気付いた。
よく見ると、桐山はこの寒い中タキシードだけを身に纏っている。
「ボス、そんなカッコじゃ寒かっただろ。早く中に入って」
充は桐山の手を引いて家の中に招き入れた。
「今、何か温かい物を入れるから、適当に座って待ってて」
「いや、すぐ戻らなくてはいけないから、ここでいい」
桐山は淋しそうな声で言うと充の手を離し、玄関で立ち止まってしまう。
「でも…このままじゃ風邪引いちまうよ。今夜はこの冬一番の冷え込みだっていうのに、何でそんなカッコで…」
「こっそり抜け出して来たんだ。外に行こうとしているのが知れると面倒なので、
コートやマフラーを取りに行く余裕もなかった」
「ボス、そこまでして俺んトコに…どうして…」
「充にこれを…今日中に渡したいと思ったんだ」
桐山は内ポケットを探り、そこからプレゼント用に包装された手の平大の箱を取り出した。
「充へのクリスマスプレゼントなんだが…受け取ってくれるかな」
「それを渡す為に、寒い中来てくれたんだ。ボス、俺すげー嬉しいよ」
充はもう一度、今度は優しく包み込むように桐山の体を抱き締めた。
充に優しく抱き締められ、桐山の頬が微かに赤く染まる。
「でも…ボスはプレゼント用意してわざわざ渡しに来てくれたのに、俺の方は何も用意してないんだ。ごめん。今日は会えないって思ってたし、ボスが欲しい物がどうしても分からなくて、今度一緒に何か買いに行こうと思って…」
「俺の事は気にするな。俺が今日充にプレゼントを渡したいと思ったから、そうしただけなのだから」
申し訳なさそうな顔をしている充の頬をそっと撫でると、少し安心したような表情に
変わった。
「ボス、ホントにありがとな。プレゼント、開けてみてもいいかな?」
「ああ」
充は桐山の体を離すと、プレゼントを受け取り包装を解き始めた。
「あっ、これ俺が欲しかった限定版のG-SHOCKだ!」
顔をパッと輝かせて、いそいそと腕に時計をはめる充を見て、桐山は何だか胸が
暖かくなるのを感じた。
「これ、どこ探しても見付からなくて諦めてたんだよね」
「メーカーに直接連絡して、何とか1つ譲って貰ったんだ。充がそれを探していると
笹川達に話しているのを聞いていたから」
「そっか…俺の為にそこまでしてくれて、ホントにありがとな! 風呂と寝てる間以外はずっと身に付けてるよ」
嬉しそうな表情で時計をはめた腕を見せる充に、桐山もつられてどことなく柔らかい表情になる。
しかし、時計が表示している時刻を目にした桐山はハッと我に返り、その表情は
淋しげなものに変わった。
「充、すまない。そろそろ戻らないと…」
「もう戻らなくちゃいけないんだ…残念だけど仕方ないね。あ、ちょっと待ってて!」
充は急いで階段を駆け上がると自分の部屋に行き、愛用しているマフラーを取って桐山の元へ戻った。
「寒いから、これ着けていきなよ。あ、でも…外に行ったってバレちゃうかな」
「いや、上着の内側に隠して何とかする」
「もし見付かりそうになったら捨てちゃっても構わないからな」
自分の代わりに桐山を暖めてくれるように、そう想いを込めながら桐山の首にマフラーを巻いてあげた。
タキシード姿に赤いマフラーはちょっと似合わなかったが、寒い思いをしたり、風邪を引いてしまうよりはいいだろう。
充がマフラーを巻き終えると、桐山はそれを両手で掴み、そっと顔を埋めて何かを
考えているようだった。
「充…我儘を一つ、言ってもいいかな?」
「ボスの我儘ならいくつでも大歓迎だよ。何?」
桐山に何かお願いされる事が嬉しいのか、充はニコニコ笑いながら桐山の顔を覗き込む。
「クリスマスプレゼント…今度買いに行こうと言っていたが、それはいいからこのマフラーを俺にくれないか?」
「えっ!? で、でもそれ、俺がずっと使ってるヤツだからあんまりキレイじゃないし、
マフラーが欲しいならもっといいヤツ買ってあげるよ」
「いや、これがいい…このマフラーが欲しいんだ」
そう言うと、桐山は再びマフラーに顔を埋め、それをギュッと握り締めた。
「ボスがそこまで言うなら構わないけど…こんな高いモン貰っといて何だか悪いな」
「値段は関係ない。俺はこれが欲しいと思ったんだ。充には、新しいマフラーを買うまで寒い思いをさせてしまうが…」
「俺の事は気にしなくていいよ。丈夫なだけが取り柄みたいなモンだし。ボスがあったかいなら、俺はそれで嬉しいから」
充がニッコリ笑ってみせると、桐山は左のこめかみに僅かな疼きを感じた。
「充…ありがとう。それでは、そろそろ失礼するよ」
「うん、気を付けて帰れよ」
桐山は充に背を向けてドアノブに手をかけたが、手を止めてもう一度充の方へ向き、口を開いた。
「充、もう一つ、いいかな?」
「どうしたの?」
「………キス、してくれないか?」
右手でマフラーをギュッと握り締め、少し俯きながら桐山は言った。
「えっ…あ、うん…ボスがそう言うなら…」
恥ずかしそうにキスを強請る桐山がとても可愛くて、充は真っ赤になりながら桐山をギュッと抱き締めた。
いきなり唇には触れず、まずは前髪を掻き上げ額にキスを落とした。
そのまま下降して、左右の瞼にも軽く唇で触れる。
鼻先にもちゅ、と口付けた後、冷えた両耳を唇ではむ、はむ、と柔らかく噛んだ。
そして、一瞬間をおいた後、目を閉じて自分の唇を桐山の唇に重ねる。
何度か啄むようなキスを繰り返した後、充は桐山の薄い唇を割って口内に自分の
舌を侵入させた。
くちゅ、くちゅと少しだけ舌を絡み合わせた後、二人は名残惜しそうに唇を離した。
「これ以上すると、ボスの事帰したくなくなっちゃうから…ボスに言われるまでキス
しなかったのも、自分が抑えられそうになかったからなんだ」
「そうか…」
二人はお互いの体をギュッと抱き締め合い、その温もりを感じ合った後、もう一度
軽く唇を重ねてから体を離した。
「もう行かなくては…充、また今度」
「うん、今度二人でどこか行こうな。おやすみ、ボス」
「ああ…おやすみ、充」
パタン、とドアが閉まり桐山は自分の家へと帰っていった。
「ボスのお陰で、いいクリスマスになったな。ありがとう、ボス」
誰もいない玄関に向かってそう呟くと、充は居間に戻り冷めてしまったチキンをもう
一度レンジで温め直した。
充が温まったチキンに齧りついている頃、桐山は足早に家路を歩いていた。
行きはとても寒く感じたが、今は充に貰ったマフラーがあるから暖かかった。
ふと立ち止まり、桐山は充のマフラーに顔を埋めた。
こうしていると、マフラーに染み付いた充の匂いを感じ、充に抱き締められているような錯覚に陥る。
体の芯が熱くなり、何だか熱に冒されているようにボーッとなったが悪い気分では
なかった。
充の匂いと温もりを、一緒にいられない時も感じていたいと思い、充にマフラーを
強請ったのだ。
「充…」
桐山はそう呟くと、マフラーを両手でしっかりを押さえ、家に向かって駆け出した。
+ + + + + +
もうすぐ春だというのに、クリスマスネタだなんて時期ハズレもいいトコですね(苦笑)
でも、今度のクリスマスまで待ってたらネタが腐ってしまうので許してやって下さい。
内容も、オフで発行した「White Key」のエロなしバージョンみたいな感じになってしまいましたが、「クリスマスプレゼントに充の愛用していたマフラーを欲しがる桐山」がどうしても書きたかったので書いてしまいました。
それにしても、この話の充はいつものウチの充と違って、何だか子供っぽい我儘で拗ねたり、ボスへのクリスマスプレゼントを用意してなかったりと、別人のようですな。
充だったら、例え会えなくてもボスへのクリスマスプレゼントはちゃんと用意して、自分でボスの家の近くまで渡しに行くくらいの事はすると思うんですけどね。
用意してたら、ボスが充にマフラーを強請るシーンが入れられないので、今回は充をいつも以上にヘタレにしてしまいました(汗)
ボスを可愛く書くのはいつも通り頑張ったので、可愛いボスが好きな方に楽しんでいただけたら嬉しいです。
|